エネルギー・環境分野の主な成果

水素の侵入を100%防止する膜で、水素ステーションを低コスト化

図:水素侵入防止膜を研究中の様子

水素ステーション等の配管やタンク等を通る水素ガスは高圧なため、水素が金属材料に侵入し水素脆化(水素による金属の機械的特性の低下)が起きます。それを防ぐため、水素脆化に優れた耐性を持つ金属材料が使用されていますが、そのような金属材料は高コストです。そうした高コスト材を使用することが一つの要因となり、たとえば水素ステーションを建設するのには約4.5億円/基かかってしまい、水素社会の普及を阻んでいます。
そこで、佐世保高専と久留米高専が中心となり、水素侵入防止膜(水素が金属母材内へ侵入することを防止する膜)を配管等の内表面に製膜することで、低コストの金属材料でも配管として使用できるようになると期待されます。現状、100MPa、85℃、 24hの水素ガス曝露実験において100%の水素侵入防止を達成。この取り組みがうまくいけば約1.7億円/基のコストカットが見込まれます。

非破壊センシング技術でき裂を探傷

図:非破壊センシング技術を研究中の様子

水素侵入防止膜が製膜された配管等の部材でも、き裂が部材内部に発生しているか、どの程度の長さまで進展しているかを確認する作業は必要です。その作業を人の手で行うのは極めて大変であり、人件費などのランニングコストがかかります。また、水素はき裂進展を助長させることが分かっており、次に探傷するまでの期間が長いと、急激なき裂進展を見逃してしまう可能性もあります。こうした問題を解決するために鈴鹿高専、奈良高専、佐世保高専では非破壊かつ自動で探傷(センシング)するロボットの開発を目指しています。現在、探傷の精度を上げるための研究をしており、き裂進展解析と連動して配管の余寿命予測や危険度の数値化を行うことで、ユーザーが安心して水素インフラを扱えるようなシステム構築を目指して開発を進めています。

水素だけを通す水素分離膜を開発

図:水素分離膜

水素の侵入を“とめる”膜の開発を行う一方で、逆に混合気体から水素だけを“通し”、純度の高い水素ガスを作り出す水素分離膜も開発しました(大分高専・松本佳久先生の研究室)。現在、理論純度100%の水素をわずか1プロセスで精製することに成功。この水素分離膜は5族金属のバナジウムでつくられており、低コストで既存の産業分野に容易に導入可能です。世界的なトレンドとして既存の天然ガスや都市ガスの導管に水素を混合し、利活用先まで運んだ上で分離して使用するなどのビジネスが出始めていますが、導管で水素侵入防止膜を使うことで水素脆化を防止し、その先で水素分離膜を使用して混合ガスを高純度の水素ガスに分離して取り出す、ということも本ユニット内の技術を統合することで可能となります。

水素エネルギーで動く、完全自立型の船

イラスト:船のイメージ

2023年11月より佐世保市内の企業である株式会社スマートデザインと、大阪公立大高専、長岡高専、小山高専との共同研究として、水素エネルギーを利用した船を開発しています。この船では、太陽光の電力で水を電気分解することで水素ガスをつくり、それを貯蔵。船自身でエネルギーをつくって溜め、必要なときに消費する「完全自立型の移動体」であり、さらに、水素エネルギーを使用するため二酸化炭素を排出しません。現在、プロトタイプを完成させることを目指し、開発を進めています。将来的には、実際の湾などでの実証を行い、やがては観光などへの活用につなげていく予定です。
この完全自立型の船の開発に関しては、大阪府のカーボンニュートラル技術開発・実証事業に採択されており、開発が順調に進むことで、2025年開催予定の大阪・関西万博で披露することも目指しています。

学生コメント

専攻科 総合イノベーション工学専攻 2年生

他高専のGEARメンバーとのwebミーティングや、企業のwebによる説明会などを通じて、自分の専門分野とは異なる他高専の研究における技術手法や、社会課題へのアプローチに関する知識を深めることに注力しました。また、最新の研究内容や実際に企業で利用されている技術に関する知識を習得することにも力を入れました。研究では他高専との連携を取りながら進めるため、実験やデータの考察を行う際の責任感が増し、自分で考えて行動する力がつきました。

機械工学科 5年生

僕は他高専や企業の方々と交流ができたことが一番の成長につながったと思います。
アイデアソンでは、水素ステーション見学や企業・地域の方々の水素への取り組みを目の当たりにし、水素社会を構築するうえで大切なことを知ることができました。そして、異分野を学ぶ高専生と出会い、交流することで今までにない発想やアイデアを考えることができました。
水素フォーラムでは、教授や企業の方々の基調講演を拝聴でき、水素社会実用化への現状や課題を知ることができました。
GEARの活動を通して学んだ多くのことをこれからの糧にしていきます。

ユニットリーダー インタビュー 西口 廣志 佐世保高専 機械工学科 准教授

日本を取り巻く水素の状況について教えてください。

日本はカーボンニュートラル表明国ですが、国内で稼働している水素ステーションの数は161か所(2023年11月現在)とまだまだ少なく、佐世保高専のある長崎県は0です。洋上風力発電に取り組むなど最先端の再エネを創出している長崎県ではありますが、水素についてはまだまだと言えます。

バッテリーによる電力の貯蔵など、現在世界的にも開発が進んでおりますが、充電時間が長いこと、バッテリーの容量低下などの問題もあります。一方、水素の場合、ガスとして貯蔵するので容量低下の問題はございませんし、燃料電池自動車などのタンクへの充填時間もガソリン自動車並と早いです。

また、自然エネルギーの弱点である不安定な発電特性を水素の貯蔵で補うことができるので、水素と自然エネルギーは非常に相性が良いと考えております。近年は災害の激甚化が頻繁に起こりますので、普段から水素をためておけば、いざというときのレジリエンスを向上させることが可能です。他国でも台風や震災、紛争で被災されている人はたくさんいます。そうした方々にも日本の水素技術を提供することで、水素エネルギーの普及がより促進されるのではないかと考えています。

写真:イベントブースの様子

GEARエネルギー・環境分野の目指すところは最終的にグローバルになりそうですね。本分野では、水素脆化にまつわる研究・開発が主なトピックスとして挙げられます。

水素脆化を防止する膜や、水素脆化によって発生するき裂を非破壊探傷する技術を開発してきましたが、そもそもその前に、「いかに水素脆化が起こっているのか」も検証する必要がありました。

これはGEAR 5.0が始まる前、私が佐世保高専に赴任して1年目(2010年)から、当時の卒研生と頑張って検証しました。金属材料の引張強さに関する「引張試験」や、0.5mmの穴をあけた材料棒を回転させながら曲げ負荷をかける「回転曲げ疲労試験」などを行うことで、水素が侵入した材料とそうでない材料との差をデータ化したんです。

このように水素脆化の仕組みを理解したうえで取り組もうと考えたのが「水素侵入防止膜」です。「水素侵入防止膜」の前から、学生による研究・開発の積み重ねがあったと言えます。

エネルギー・環境分野において、学生はどのように研究・開発をしていましたか。

当分野で目指したのは「安い材料」だけでなく「安全性」もあります。市民の方に安全に使っていただくため、私たちはELSI(Ethical, Legal and Social Issues、倫理的・法的・社会的課題)の観点を持ち、市民の声を聞き、学生が自ら考え、社会実装していくという「社会創生」が重要です。

例えば、長崎県内の企業であるイワテック株式会社の再エネ水素実証プラントの見学会を行った際は、地元企業が乗り越えたELSIの観点における課題を共有いただきました。また、定期的にGEARの高専内で開く“学生Onlineミーティング”や“水素インフラ配管探傷ロボコン”、”KOSEN水素アイデアソン”など、学生同士が意見交換することで、多角的な視点を得ることができました。

それと、3年生という若い年代からグローカルリテラシー(※)を身に付けるため、水素社会実現に向けたディスカッションも学科の垣根を越えて実施。加えて、九州大学や三菱重工総合研究所への見学も行いました。かなり贅沢な経験ですし、自分が高校生のときもそんなことをしたかったと思っています(笑)
※世界的な文脈(グローバル)に地域 (ローカル)を位置づけながら考える素養のこと

その結果、GEAR 5.0の取組に関わってきた学生とそうでない学生を比べると、社会創生に向けて説明できる学生の割合が15%以上増加しました。手前味噌かもしれませんが、高専生は数々の技術をどんどん吸収していく素養があるという点でポテンシャルが高いと思っています。こうしたGEAR全体の研究・社会創生・教育さらに学生の活躍ぶりは2023年11月に“KOSEN水素フォーラム2023 in OITA”を開催させていただき、発信をさせていただきました。

モノづくりの研究・開発を若いうちから自分の頭で考えて行うことができるKOSENという教育・研究機関は本当に恵まれたところだと、就任以来14年間一貫して抱いてきましたが、GEARの取り組みを通して想いが強まってきました。

写真:見学中の様子

今後の水素社会の実現に向けて必要なことは何と考えていますか。

水素に関連する技術を高めることはもちろんですが、一方で水素に対する世間の方々のニーズを創ることも必要であると思っています。せっかく水素を作っても、水素を使う場面がなければ意味がないからです。

例えば、先の話のように自然エネルギーで貯蔵された水素を災害時に活用することも重要なニーズと考えられますが、例えば100年に1度の有事に備えた場合、残りの99年の平時では水素が活用されないというのでは好ましくありません。つまり平時で水素が十分に活用されながら有事でも対応できる活用方法を構築することが必要であると思っています。

2022年アルカス佐世保で開催された「KOSEN 水素フォーラム2022」のパネルディスカッションで、産業界の方々・学生・教員が意見交換をした際、学生から「長崎電気軌道(路面電車)を水素化し、路線の端に水素ステーションを配置すれば、毎日水素を供給できるし、配電も必要なくなる」という提案が出ました。パネラーの一人であった東京大学先端科学技術研究センターの河野 龍興 教授も、「路面電車であればどれだけ水素が必要なのかといった計算も立てやすい。」と高く評価をされました。本アイデアは現在県内の大学と協議しており、社会実装を目指すことになりました。

例えばこうした路面電車の水素化などにおいては、市民のみなさんが「安くなった」とか「静かになった」と思ってもらえれば、水素エネルギーのありがたさを実感いただけるはずです。要は技術とは関係ないところで、どうやって水素を世間の方々に売り込んでいくのかが1番大事なのかなと思っています。

ですので、まずは自立して「水素」と「お金」と「人の雇用」が生み出される仕組みをつくらないといけません。産官学にご協力いただいて、地域の特色を生かした、自立した水素社会をつくる。これがファーストステップになるはずです。そして、世間の方々がその社会を「当たり前」だと認識していただく段階が必要だと思います。