マテリアル分野の主な成果

抗バイオフィルム材料の試験方法が国際規格化

図:バイオフィルム

バイオフィルムとは、水回りに発生する“ぬめり”に代表される、細菌や微生物から分泌されたポリマーで構成された集合体のことです。バイオフィルムは浴室やエアコンなど、水が流れる・溜まるところにできやすく、不衛生な環境になることはもちろんのこと、配管内などで詰まることによって、熱効率や水循環も悪くなります。
そのため、バイオフィルムを防ぐ「抗バイオフィルム材料」が必要となりますが、その材料の試験方法が世界基準で確立されていませんでした。そこで本分野では一般社団法人 抗菌製品技術協議会(SIAA)との共同研究で試験方法を確立。2023年7月18日にISO規格化されました。

国際規格に基づいた、抗バイオフィルム材料の開発

図:抗バイオフィルム材料

抗バイオフィルム材料の試験方法が確立されたことで、抗バイオフィルム材料の開発に本格的に着手することができます。鈴鹿高専では抗バイオフィルム材料として、シリコーン樹脂にナノサイズの銀を入れた材料を開発。銀イオンには抗菌作用があり、それが少しずつ出ることで抗菌作用を長期化させ、結果的に抗バイオフィルムにつながる材料にしました。
しかし、鈴鹿高専には材料の技術がありましたが、それを液体や固体の表面にコーティングする(塗布する)技術はありませんでした。そこで、小山高専の塗布技術と鶴岡高専のポリマー(材料)作製の技術を一部応用して、鈴鹿高専で開発した新しいモノマーをポリマーにした抗バイオフィルムコーティング剤を開発しました。また、抗バイオフィルム性を有するモノマーをポリマー中に固定して塗布剤とする技術も開発しています。

光駆動ナノモータで、細胞やウイルスの分析を目指す

写真:分析中の様子

ナノモータとは、軸回転しているナノマテリアルの総称で、細胞やウイルスといったナノ粒子もナノマテリアルと言えます。それらを光によって回転運動を起こしたのが光駆動ナノモータです。特殊な光によってプラズモン場(光と金属ナノ構造が共鳴する現象)を強制的・疑似的に起こすことで、ナノモータ粒子付近にある細胞やウイルスの1粒子・1分子の組成分析を行うための要素技術が構築でき、将来的に革新的な分析装置になることが期待できます。
そこで、光ナノ技術を持つ大分高専と微細加工技術を持つ呉高専とが連携することで、光駆動ナノモータの原理構築や開発を進めることになりました。これが実現すれば、例えば液中にある細胞やウイルスのなどの分子組成の分析が可能になります。

学生コメント

専攻科 電気情報工学科 2年生

私はGEAR5.0のプロジェクトを通して、学んだことや持っている技術を積極的に共有するように心がけました。具体的には、「本プロジェクトの活動で習得した機器操作技術を学内に持ち帰り、学生と共有する」「キャンプ等で学外の学生に共有する」などです。このような新たに技術を学ぶ・持っている技術を伝えるという一連の流れは、自身の理解度やプレゼン能力の向上につながったと思います。また、他高専の先生方や学生と意見交換する機会も増え、自身の交友関係や視野を広げるきっかけにもなりました。

専攻科 総合イノベーション工学専攻 1年生

他高専、他学科、他学年の学生と共に学ぶことで、専門分野が異なる内容でもチームメンバーに教えてもらい理解することが出来ました。私の所属する専攻科は他学科の学生とふれあい、幅広い知識を身につけることが一つの目的でもあるので、とても有意義な時間だったと感じました。また、社会に出る上ではコミュニケーション能力が必ず必要になると思いますが、初対面の学生とのグループワークや、食事を共にすることで、コミュニケーションスキルが向上したのではないかと実感しています。

ユニットリーダー インタビュー 兼松 秀行 鈴鹿高専 共同研究推進センター 特命教授

マテリアル分野での連携について、当初どのように考えていましたか。

そもそも、マテリアル(材料工学)とはいったい何なのか。発展途上国では鉄鋼材料生産などで分かりやすく成果が見えていますが、先進国では役に立っているのかが明確に可視化されておらず、マテリアルをイメージできる人は少なくなってきています。

私自身、マテリアルはエンジニアリング(工学)とサイエンス(科学)のどちらかと問われればサイエンス寄りだと思っていますが、だからこそマテリアル分野内での応用は難しいものになるんです。社会実装として目に見える成果になるのも、電気電子系やバイオ系、建築系などの技術者の方々と共同で研究開発することで達成できます。

そのため、マテリアル分野では「応用」に力を入れることにしました。GEAR 5.0が2年目から3年目に移る頃には、各高専で独自の強み・技術を中心に立てたプラットフォームを構築。その後、そのプラットフォームを統合した「バーチャル研究所」という概念をつくりました。各高専での研究テーマはバラバラでも、高専の力を集結させることで、中小企業が持つ課題を地域にとらわれずに解決できるシステムです。

写真:キャンプの様子①

そのような本分野の大きな取組の1つである「抗バイオフィルム材料の開発」について、難しい部分は何でしたか。

抗バイオフィルムは抗菌や抗ウイルスとは似て非なるものです。抗菌や抗ウイルスは菌やウイルスを不活性化させることが目的ですが、抗バイオフィルムは“ぬめり”の中にいる細菌を不活性化させるだけでなく、不活性化の効果を長期化させたり、ぬめりをできにくくしたり、ぬめりを除去できるようにしないといけません。

そこで、小山高専や鶴岡高専と連携して、ポリマーコートした表面に抗バイオフィルム材料を塗布した抗バイオフィルム材料開発に取り組みました。こういった材料を水が流れる配管などに実装することで、衛生面だけでなく、熱効率や水循環の改善が目指せます。

また、バイオフィルムの例としてお風呂場や台所といった水回りのぬめりがよく挙がりますが、尿路結石やカンジタ症、長期間放置して膜のようになった歯垢も実はバイオフィルムです。中には「感染症はバイオフィルムだ」とお話しされる医学分野の方もいらっしゃいます。

このようにバイオフィルムは身の回りの環境だけでなく医学の分野にもあり、さらには私たちの体の中にも存在します。抗バイオフィルムは国内だと1兆円を、世界規模だと12兆円を超える市場規模(概算値)ですが、今後も大きく成長する分野だと思いますね。

学生への教育活動として取り組んだことは何ですか。

本分野で特徴的なのは、各高専から学生が集まり、数日間泊まり込みで課題に取り組む「新素材キャンプ」だと思います。キャンプ自体は、アメリカ合衆国材料学会(ASM International)による「マテリアル・キャンプ」や、アメリカ化学会(American Chemical Society、ACS)による「ケミカル・キャンプ」など、アメリカでもよく行われている取組です。

新素材キャンプでは研究テーマのポスター発表のほか、2~3人のチームで鈴鹿高専の持つ先端機器のレクチャーを受けながらサンプルを分析・観察し、その成果を発表するプログラムを行いました。また、2023年度は企業にご協力いただいて、企業の持つ技術課題を解決するための提案を行うアイデアソンも導入。キャンプで初めて出会う学生たちだけでディスカッションを行って企業に提案する経験は貴重だったと思います。

写真:キャンプの様子②

そして、キャンプの効果を数値的に測るため、民間企業が実施している検査を活用し、キャンプの前後で学生の能力に変化があったのかを測定すると、課題解決に必要な思考力が伸びていました。思考力以外にも、他高専の学生や教員の方々と交流することで分野横断能力や創造力が鍛えられたはずです。

そのため、キャンプをマニュアル化することで各高専でも展開できればと思っています。高度な研究設備やマインドをそれぞれの高専は独自で持っていますから、それを利用したキャンプは魅力的ではないでしょうか。

それともう一つは、学生とともに行った研究の社会実装としての起業化です。現在私の研究室では、2024年3月末を目標に3Dプリンティングを用いた起業化を目指しています。

多くのスタートアッププロジェクトがアプリの開発やソフトウエアー開発、商品化を目指したものであるのに対し、私どもの方はものづくりの起業化です。これはお金がかかるために、通常難しいのですが、高専間協力のみならず、国内の大学・企業、海外(特にフィンランド)の大学・企業と連携を図ることにより、連携の力でその困難さを乗り切って、学生の手による社会実装を果たそうとしています。それはGEAR5.0のプロジェクトの教育への成果として大きな実績になるものと確信します。

写真:キャンプの様子③

今後の高専におけるマテリアル系の研究・開発が目指す姿は何ですか。

冒頭でもお話ししました通り、マテリアルは内部での応用が難しい分野です。しかし、さまざまな分野でマテリアルは関わってきます。私がフェローに任命されたアメリカ合衆国材料学会の標語は「Everything is material.」——つまり「すべてはマテリアルである」です。私たちはマテリアル分野の研究を行い、それらをアプリケーションに展開することで社会実装を目指しています。

だからこそ、分野横断で連携することは大切になってきます。研究対象もばらばらなプラットフォームで構成されたバーチャル研究所ですが、その中でルールや共同研究の契約形態などをできるだけ統一して、システムとしてスピーディーに連携できるようにすることで、高専全体の外に対して強く作用できる組織にしていきたいです。

今、高専の連携の風土がコペルニクス的転回を迎え、変わってきていると思います。マテリアル分野だけではありません。高専の全国展開という、単なる結束ではない、他の教育・研究機関では難しいスタイルが実現できるよう、まだまだ時間はかかると思いますが、頑張っていきたいです。