国立高専機構からの
お知らせ

2025.9.18 (thu)

高専が切り開く未来の人財育成 ―「KOSENフォーラム2025」基調講演開催報告―

 急速な人口減少、技術革新、国際競争の激化──。日本のものづくりと人材育成の在り方が問われる中で、独立行政法人国立高等専門学校機構(以下「高専機構」)は、全国の高専関係者が集い議論する「KOSENフォーラム2025」を2025年8月18日(月)から20日(水)の3日間、東京で開催しました。初日の8月18日(月)には、全国の高専関係者や産学官の関係者が集まり、基調講演やワークショップを通して意見交換を行いました。
 本フォーラムは、未来を担う人財をどのように育てるか、そして高専教育の質をいかに高めていくかについて、多様な視点から議論を深め、持続可能な人材育成のエコシステム構築について議論することを目的としています。
 対面とオンラインを併用した今回のフォーラムでは、国内外に広がる高専教育への期待と、DX・半導体・国際連携といった最前線課題にどう応えるのかが熱く語られました。

理事長からのメッセージ
人口減少時代にこそ高専の価値を示す

 開会にあたり、高専機構谷口功理事長は、自然災害や猛暑といった社会環境の変化に触れ、「学生や教職員が安全に学べることを第一に」と述べました。その上で、高専制度が60周年を迎え、これまでの支援や評価を踏まえつつ「今後の人口減少社会でも、高専教育の意義をしっかり社会に伝え、支持を得ることが不可欠」と語りました。
 特に、九州における半導体人材育成プログラムをわずか2カ月で立ち上げた事例を紹介し、産学官・卒業生ネットワークの力を結集すればスピーディーに対応できる高専の強みを示しました。また、全国21高専が大学改革支援・学位授与機構が実施する「大学・高専機能強化支援事業」に取り組んでいることを挙げ、「社会の要請に対し高専は挑戦を恐れず応える存在であり続けなければならない」と力を込めました。

 さらに、モンゴル・タイ・ベトナムなど海外で高専型教育が広がっている中で、「国内外からの信頼に応えるためにも、連携・協力を惜しまず、新しい挑戦を続けていく必要がある」「人材不足を理由に諦めず、知恵とネットワークで解決していこう」と提言しました。

  KOSENフォーラム開催にあたり理事長からのご挨拶

基調講演①:「2040年を見据えた高等教育機関の役割と高専への期待」
情報・システム研究機構 国立情報学研究所 副所長 学術基盤チーフディレクター 安浦寛人先生

 続く基調講演では、国立情報学研究所 副所長で学術基盤チーフディレクターの安浦寛人先生が「2040年を見据えた高等教育機関の役割と高専への期待」と題して講演しました。
 安浦先生はまず、戦後から現在までの日本の産業発展を振り返り、1962年に誕生した高専制度がエンジニア育成の中核としての役割を果たし、「戦後日本の産業発展を支えたのは、大学と高専の両輪による人材育成である」と位置づけました。そして、「技術者不足を克服するための制度として生まれた高専が、今また人口減少社会で新たな役割を担う時代に来ている」と指摘しました。
 今後の日本社会は人口減少と急速な技術革新という二重の課題に直面します。安浦先生は、インターネットやスマートフォンの普及で社会の仕組みが大きく変わったことを示した上で、「教育の枠組みはほとんど変わっていない」と警鐘を鳴らし、既存の授業形態だけでは社会の変化に対応できないと強調しました。
 特に重要視されたのは「文理融合」と「マネジメント素養」の必要性です。AIやIoT、ロボティクスが浸透する未来においては、技術的知識に加え、倫理的判断、経営的視点、国際感覚を持った人材が不可欠であり、その基盤を築く教育が高専に期待されます。
 さらに、「失われた30年」と称される停滞期を乗り越えるためには、「高専が“基盤教育の変革の旗手”となり、研究開発だけでなく社会実装力を持つ人材を育てる必要がある」「世界に誇る高専教育の実践性を次世代につなぎ、産業界と共に未来を築いてほしい」と期待を込めました。
 最後に高専教員に対し、「教育者としてだけでなく、学生の伴走者となってほしい。知識を教えるだけでなく、学生と共に課題を考え、悩みながら進む姿勢こそが、次世代のエンジニアを育てる土壌になります」と呼びかけました。

       安浦寛人先生による基調講演の様子

基調講演②:「すべての分野で統計情報がどう社会に役立つか~統計的方法活用プロセスの標準~」
情報・システム研究機構 データサイエンス共同利用基盤施設 副施設長 椿広計先生

 次の基調講演には、データサイエンス共同利用基盤施設 副施設長の椿広計先生が登壇し、「すべての分野で統計情報がどう社会に役立つか~統計的方法活用プロセスの標準~」と題した講演を行いました。
 椿先生はまず「現代社会はデータによって動かされている。データをどう扱うかで国家や企業の競争力が決まる」として、AIやビッグデータの活用が産業界に不可欠であることを強調しました。特にChatGPTをはじめとする生成AIの急速な普及に触れ、「AIは万能ではない。データの裏にある意味を理解せずに結果を鵜呑みにすれば、人間がAIに振り回されることになる」と警鐘を鳴らし、「AIの出力を批判的に吟味し、正しく応用できる人材こそ、今後の社会に求められる」と述べました。
 データサイエンス教育においては「統計学の数式を解くだけでは不十分」で、「現実社会の複雑な問題をいかにデータに翻訳するか」「限られた情報から何を読み解くか」という課題設定力が最も重要で、そこに高専の強みがあります。
 高専生は早い時期から実社会に近い課題に取り組み、現場感覚を伴った学びを積み重ねており、その経験はデータを“生きた情報”として扱う力に直結しています。高専の実践的な教育環境がデータ活用人材の育成において非常に大きなポテンシャルを持っています。
 さらに「日本の強みは“大きなデータ”ではなく、“小さなデータ”を意味づけし、現場知と結びつける力にある」と語り、高専教育が磨く“現場を知る力”と“データを読み解く力”の融合こそ、日本型人材育成の道だと提言しました。
 最後に、「データと現場をつなぐ技術者の育成を高専が担ってほしい。これこそ世界に対する高専教育のアドバンテージになる」と呼びかけ、参加者の共感を得ました。

         椿広計先生による基調講演の様子

ワークショップ:高度情報人材の育成に向けて

参加者の議論と共有された課題

 基調講演を受けたディスカッションには、安浦先生と椿先生にも参加いただきました。
 参加者から「人が足りないからできないという発想を捨て、連携で補うべきだ」という意見や、コロナ禍で培われた遠隔授業やオンライン連携の経験を生かし、学校間・地域間で知見を共有する重要性などが指摘されました。
 また、ICT企業経営者の多くが高専出身であることに触れ、「授業外で自主的に学び、社会を動かす力を身につけてきたのが高専の強み。今こそそれを制度的に後押しするべき」との声もありました。

産業界からの期待と学生の声:即戦力を超えた人材育成へ

 ワークショップでは産業界からの声も多く紹介され、特にICT企業や製造業の経営者からは「高専出身者は現場で学び、自ら考え、周囲を巻き込んで課題解決する力を持っている」との評価が寄せられています。
 一方で、従来の「即戦力」だけでなく、長期的に研究開発や新規事業を担える人材育成が求められている点も指摘されました。企業からは「未知の課題を自分で定義し、データや技術を駆使して解を導く力が必要」との声が上がっており、椿先生の基調講演とも呼応します。
 産業界が期待するのは、知識や技能だけでなく、人と協働し、社会に働きかける力です。そのために高専教育に求められるのは、授業や研究を超えて「挑戦の機会をいかに学生に与えるか」という実践的な教育デザインです。
 また、学生の視点も取り上げられ、「授業外で自主的に学び、社会課題に挑戦できるのが高専の魅力」「先生から任される経験が自己成長につながった」などの発言が報告されました。
 教員は学生を見守りつつ挑戦を後押しする存在であり、学生の自主性を尊重し、社会との接点を積極的に作ることが、学びを深化させる鍵となっています。

■国際展開と日本の高専の価値再認識

 海外ではモンゴル・タイ・ベトナムなどで高専型教育の導入が進み、現地では「実践的な工学教育と人格形成を兼ね備えたモデル」として注目されています。
 一方で、日本国内では少子化による志願者減少が課題となっており、海外からの評価を「日本の高専の魅力再発見」につなげることが求められます。国際展開は単なる輸出ではなく、「日本の教育現場を見直す鏡」としても位置づけられるべきです。

■高専教育が切り拓く未来

 今回のワークショップを通じて浮き彫りになったのは、「挑戦を恐れずスピード感を持って社会課題に応える」という高専教育の姿です。

 具体的には、以下の方向性が確認されました。

半導体・DX・再生可能エネルギーなど最先端分野での即応性
海外からの高専モデルへの期待の高まり
「学校間・産学官のネットワークによる協働の重要性」
データ駆動社会における統計的思考とAIリテラシーの涵養
学生の自主性を引き出す教育スタイルの確立

 これらはすべて、人口減少や国際競争といった逆風を「変革の契機」とするための基盤となります。
 閉会にあたり谷口理事長は「高専はチャレンジ精神を基盤に未来を切り拓く存在。学生、教員、産業界が力を合わせれば必ずできる」と改めて強調しました。

■まとめ

 「KOSENフォーラム2025」は、高専制度が60年を超えてなお社会から強く期待されていることを示しました。教育のスピード感、産学官の協力、そして世界に広がる高専モデル。そこに、データ駆動社会を生き抜くための統計的思考とAI活用力、そして学生が自主性を発揮できる教育の在り方が新たに加わりました。
 今回のフォーラムは、「自分たちの教育のどこを変え、何を続けていくべきか」を考えるための材料となります。人口減少時代においても「高専の価値」を社会に示し続けるために、議論を通じて見えてきた方向性は、今後の高専教育の進化と未来の産業を支える人材育成への確かな歩みを後押しする機会となりました。

 


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