2026.6.9 (tue)
変化の時代に必要な力とは? 高専で議論されたイノベーション人財育成の最前線
独立行政法人国立高等専門学校機構(以下「高専機構」という。)は、イノベーション人材の育成を目的として、アントレプレナーシップ教育とスタートアップ支援の強化に取り組んでいます。
令和8年3月4日に開催した報告会では、取組の一層の充実に向けて、多角的な観点から議論を行いました。
AIの進展や産業構造の転換、労働人口の減少など、社会環境が大きく変化する中で、「イノベーション人財をいかに育てるか」が改めて問われています。こうした課題を背景に、高等専門学校(高専)を舞台とした本報告会では、産業界・教育現場・行政が一堂に会し、アントレプレナーシップ教育とスタートアップ支援の在り方について多角的な議論が行われました。起業に限らず、変化に向き合い、学び直しながら新たな価値を生み出す力をどう育むのか。制度設計、現場実践、生成AIの活用、地域連携の具体例から、高専教育の新たな可能性が浮かび上がりました。

■「イノベーション人財をどう育てるか」-産業界×高専のパネルで論点整理
本パネルディスカッションでは、「イノベーション人財をいかに育成するか」をテーマに、産業界と教育現場の視点から議論が行われました。
産業界の立場で登壇いただいた株式会社ビズリーチみらい投資プロジェクト 主宰 加瀬澤 良年様からは、アントレプレナーとは起業家に限らず、新しい価値を生み出し、変化の激しい社会において学び続け行動できる人材であるとの考えが示されました。AIの急速な普及や労働人口減少といった社会変化を踏まえ、専門性を軸としつつ、他分野と柔軟に融合し続ける力の重要性が指摘されました。
高専側からは、「現場に強い」だけでなく「社会の変化に強い」人財の育成が求められており、学び直しや再構築を恐れず、新たな価値創造に挑む姿勢を育む教育の必要性が共有されました。
また、急速な社会・産業構造の変化を踏まえ、アントレプレナーシップ教育とスタートアップ支援の在り方について多角的な議論が行われました。
企業側からは、事業転換や新規事業創出を担う人材として、技術を軸に課題を発見し、新たな価値を提案・実行できる力の重要性が示されました。また、起業そのものよりも、挑戦と失敗を繰り返しながら学び続ける姿勢が評価される時代であることが共有されました。
高専側からは、アントレプレナーシップ教育はキャリア教育の一環であり、学生が自らの将来像や「やりたいこと」を描き、試行錯誤できる環境づくりが重要であると指摘されました。5年間一貫教育や地域・企業との連携といった高専の特長を生かし、再現性のある教育として体系化していく必要性が確認されました。
<パネリスト>
株式会社ビズリーチ みらい投資プロジェクト 主宰 加瀬澤 良年 様
一関工業高等専門学校長 小林 淳哉
高専機構 本部事務局 学務総括参事 小林 幸人
研究総括参事 松本 佳久
<司会>
高専機構 本部事務局 学務参事 野口 健太郎

■アントレコンプ(EntreComp)と授業設計
本セッションでは、文部科学省 科学技術・学術政策局 産業連携・地域振興課 産業連携推進室 専門職 中川 典哉様、及び東京大学 FoundX 馬田 隆明様をお迎えし、アントレプレナーシップ教育政策と「日本版EntreComp_v1」の趣旨について説明が行われました。文部科学省からは、アントレプレナーシップを「起業に限らず、変化や困難に対して自ら行動し新たな価値を生み出す力」と定義し、大学から小中高・高専までを対象とした人材育成を進めていることが示されました。続いて、日本版EntreComp_v1は、教育の方向性と成果を可視化し、質保証と改善につなげるためのガイドラインとして策定されたものであり、EUのEntreCompを参考にしつつ、日本の教育現場で活用しやすい形に整理した点が説明されました。アントレプレナーシップ教育はビジネス教育や起業家向け研修とは異なり、すべての学習者に必要な汎用的能力を育成することを目的としている点が強調されました。セッション後半では、日本版EntreComp_v1の構成と教育現場での活用方法について詳しく説明が行われました。日本版EntreComp_v1では、起業家精神を「知識・スキル・態度」の総体として捉え、特に経験を通じて態度を育成するため、スキルに着目して設計されており、3つのコアコンピテンシー(機会の発見、資源の動員、リスクへの対処)を設定し、それぞれを具体的な10のコアスキルに分解され、授業設計に活用しやすいよう、学習活動例やタスクレベルまで落とし込んだガイドを整備し、既存授業の点検・改善や教育課程全体の設計に活用できる枠組みであることが示されました。


■パイロット校事例で見えた推進の勘所
パイロット校からは、各高専の地域特性や学内資源を生かした多様なアントレプレナーシップ教育・スタートアップ支援の取組が報告されました。各校に共通して、起業を目的化せず「挑戦する力」を育てる視点の重要性が確認されました。


・一関高専:学生の高い自発性を一部の成功事例にとどめず、全体の底上げにつなげることを重視し、
PBLや学生主導プロジェクトを核とした教育体系の再構築に取り組んでいる。
・群馬高専:低学年必修科目から高学年PBL、起業家工房の活用へと段階的に接続する体系的カリキュラムを
構築し、全学生の底上げを図る。
・長岡高専:地域連携プラットフォームを基盤に、産学官金が連携した実践的な起業支援体制を整え、
コーディネータが学生に伴走するモデルを確立。
・香川高専:起業家工房とAI教育を中核に、卒業生・企業・金融機関と連携した多層的な取組を推進。
・佐世保高専:EDGEキャリアセンターを中心に、ふるさと納税を活用した安定的な資金確保と地域連携を
両立させ、課外活動を軸とした人材育成を展開。
・大分高専:学生主体の活動を起点に、教務・研究・工房・コーディネータが連携する体制づくりを
進めている。
■生成AIで授業設計を加速:ワークショップで扱ったテーマ
本ワークショップでは、東京大学FoundX冨田 佳奈様を講師にお招きし、「日本版EntreComp_v1」を基盤に、生成AIを活用した授業設計の実践的手法を体験することを目的として実施されました。説明よりも制作を重視し、90分のうち大半を個人・ペア・グループでの作業に充て、授業実践につながるコース案の作成を目指しました。参加者は、育成したいアントレプレナーシップの要素を言語化し、学習目標、学習活動、評価を含むシラバス案の叩き台を作成しました。その過程で、生成AIを壁打ち役として活用し、学習プロセスや条件(対象学年、人数、時間等)を入力しながら設計を具体化しました。
ワークは、個人作業、ペアでの共有、再度の個人作業、テーブル単位での共有という段階的構成とし、他者からのフィードバックを踏まえてAIと対話しながら内容をブラッシュアップしました。あわせて、評価設計を支援するAIツールの紹介も行われ、授業設計から評価までを一体で考える視点が示されました。最後に、参加者それぞれが「次に誰と何をするか」という一歩を言語化し、生成AIを活用した授業設計が初期検討の不安を軽減し、具体的な行動につながる有効な手段であることが共有されました。

■コーディネータ活用/事業計画と地域連携:外部資源を“教育成果”につなぐ設計
コーディネータ活用のセッションでは、アントレプレナーシップ教育を推進する上でのコーディネータ活用と、地域・大学プラットフォームとの連携について報告がありました。文部科学省からは、全国の大学プラットフォームを基盤に、小中高生から大学院生までを対象としたアントレプレナーシップ教育やスタートアップ支援が展開されていること、また高専も参画・連携可能であることが示されました。セッション後半では、コーディネータに求められる具体的な役割と人材像について整理が行われました。コーディネータは、学生や教職員からの最初の相談窓口として課題を受け止め、適切な学内外の専門家や支援機関につなぐ役割を担います。また、教育プログラムへの助言、外部視点からの改善提案、地域・金融機関・大学プラットフォームとのネットワーク構築、活動成果の情報発信も重要な業務とされました。人材像としては、起業や企業経験を有するOB・OG、地域や自治体と連携経験のある人材、産学連携や新規事業に携わった経験者などが想定され、すべてを一人で担うのではなく、外部リソースと組み合わせた柔軟な活用の重要性が示されました。
事業計画の立案からブラッシュアップまでを考えるセッションでは、教育現場での支援の在り方が共有されました。日本政策金融公庫様からは、創業前から成長段階までを一貫して支援する仕組みや、若者向けの融資制度、ビジネスプランコンテスト等を通じた起業マインド醸成の取組が紹介されました。事業計画のポイントとしては、①事業に取り組む動機・思い、②技術力や人材・ネットワークの有無、③市場ニーズと成長性の検証が重要であることが示されました。
教員は計画策定を直接担うのではなく、コーディネータや外部専門家と連携し、学生の挑戦を後押しする役割が期待されることが強調されました。
<講師>
文部科学省 科学技術・学術政策局
産業連携・地域振興課 産業連携推進室
専門職 中川 典哉 様
行政調査員 甲山 雄一朗 様
株式会社日本政策金融公庫
東京スタートアップサポートプラザ
上席所長代理 佐藤 俊太 様
創業支援部スタートアップ支援グループ
上席グループリーダー代理 三浦 公平 様
上席グループリーダー代理 安藤 太一 様
創業支援部創業支援グループ
上席グループリーダー代理 村上 尚史 様
■起業家工房:起業支援を“教育活動”として回すための視点
本セッションでは、起業家工房(テックガレージ)を活用した学生主体のものづくり・起業支援の在り方について、100株式会社 代表取締役/東京大学本郷テックガレージ 運営チーム 下川 俊成様、及び岡山大学 研究・イノベーション共創機構 産学連携本部 副本部長 舩倉 隆央様をお招きし、それぞれの大学の事例を基に紹介されました。
東京大学の本郷テックガレージでは、「学生の秘密基地」をコンセプトに、起業を前面に出さず、“つくる・話す・決める”という実践を重視した環境整備とプログラム運営により、数多くのプロジェクトやスタートアップが生まれてきたことが共有されました。
岡山大学からは、学生とともに設計したテックガレージを起点に、地域課題と結びついたプロジェクトや学生ベンチャーが継続的に創出されている事例が示されました。両事例を通じて、設備そのものよりも、学生主体性を引き出す運営、コミュニティ形成、地域や外部との連携が、起業家工房活用の鍵であることが示唆されました。
後半では、起業家工房の継続的運営と発展に向けた実務的な工夫や課題について、参加者との対話を通じて議論が深められました。岡山大学の事例では、会計制約への対応として業務委託や外部組織の活用、将来的な一般社団法人設立の検討が紹介され、調達・旅費精算を含む柔軟な運営の重要性が共有されました。また、学生視点からは、工房の価値は設備そのものよりも、人が集い対話が生まれる「物理的な場」にあること、異分野の学生が交差することで挑戦が促されることが指摘されました。さらに、行政・地域との連携には、具体的なプロトタイプ事例を示すことが有効であり、近い世代のロールモデルを育てることが次世代への波及につながるとの認識が共有されました。最後に、実践を継続するための横断的な情報共有と、次の行動につなげる仕組みづくりの必要性が確認されました。

■高専のアントレ教育・スタートアップ支援-次の鍵は「学内横断」と「外部連携」
本報告会のまとめとして、今後のアントレプレナーシップ教育・スタートアップ支援の進め方について、教職員のみでの対応には限界があることから、学内外のコーディネータや外部人材の活用、縦割りを避けた学内連携の重要性が強調されました。今後、学生からの相談を確実に次の支援につなぐ窓口機能の整備、OBOG・地域・自治体・金融機関との連携、取組成果の積極的な情報発信がさらに求められます。本部と各高専が密に情報共有し、外部機関とも連携しながら、現場主体の取組を継続的に支援・発展させていく方針を示しました。