活躍する高専卒業生座談会

左から 水谷司氏・砂山恵子氏・岸美加子氏・宮本晃成氏

新たな発想で時代を動かせ

コロナ禍や地球温暖化、少子高齢化など数多くの課題に直面する現代、新たな発想が強く求められている。
それぞれの立場から市場ニーズや社会課題に立ち向かい、大きな成果を生み出してきた「活躍する高専卒業生」4人に「新たな発想で時代を動かせ」をテーマに語り合っていただいた。

出席者(五十音順)

  • アイリスオーヤマ株式会社
    新規事業開発室マネージャー

    岸 美加子

  • 富士電機株式会社
    食品流通事業本部営業統括部営業第二部担当課長

    砂山 恵子

  • 東京大学
    生産技術研究所准教授

    水谷 司

  • 元株式会社本田技術研究所
    HRD Sakura F1エンジニア(至2021年7月)

    宮本 晃成

人生最大のヒット商品 アイリスオーヤマ「マスク」
最初に、みなさんが現在取り組んでいるお仕事の概況から教えて下さい。

宮本

私は本田技術研究所時代に、ホンダ「F1」のパワーユニット開発を担当していました。具体的にはエンジン、モーター、バッテリーなどのユニットの制御開発です。レースは「1000分の1秒」を争う厳しい世界で1つのミスも許されません。1台に数億円、チーム全体では数十億から数百億円が投入されますが、自分が1つミスをすれば全て無駄になってしまうシビアな世界でした。
制御開発は、実機がなくてもほぼシミュレーション上で再現できる「モデルベース開発」という環境になっており、エンジニアとしてはやりやすい職場でした。ただ、それはあくまでもファクトリーでの話で、実際のレース現場では、チームメンバーがイギリス人やイタリア人、スペイン人、フランス人など多国籍であったので、仕事のやり方や考え方の違いにより、簡単に進まないことも数多くありました。
レース現場では、トラブルが起きれば数秒内に決断が求められるプレッシャーの中、多国籍メンバーをまとめてレースを遂行する経験をしてきました。「1000分の1秒」をさらに早くするため、最適なエネルギー配分やパフォーマンスを見つけ出し、レースエンジニアやドライバーとコミュニケーションを取りながら、いかに速い設定にするかを決めるというゲーム的な面白さもある一方、「失敗できない責任感」を体験できたのは本当に貴重な経験で、自分の成長につながったと思います。

アイリスオーヤマは皆様ご存知の家電商品、収納インテリア用品、ペット用品、DIY用品、ヘルスケア商品など消費者向け商品の製造・販売以外にも、BtoB事業まで広い事業を展開しています。私の人生最大のヒット商品となったのはマスクです。新型コロナに対応すべくマスクを製造供給する使命に燃える貴重な1年間を過ごしました。
当社では、消費者が気づいていないニーズを見つけ需要を創造する「ユーザーイン」という開発手法をとっています。その中で、私は消費者ニーズと素材メーカーのシーズを結び付けて「世の中にありそうでなかった商品」を生み出すことを得意としています。失敗もたくさんありますが、当社はチャレンジすることを重視してくれます。今年6月からは社長直轄の「新規事業開発室」に所属し、当社の強みを生かせる新しい事業を提案する専任部署として、医療機器事業、消耗品事業などを提案しています。

水谷

私はたとえばトンネルや道路などのインフラの表面や直接目で見えない構造物の内部を高精細に見るための研究をしています。電磁波技術であるレーダーやレーザーを使って計測したデータを高度な数学を用いて分析し、医療で使うMRIのように内部を立体で透視しようとしています。
約3年前に准教授になり、自分の研究室を持ちました。国籍も言語もバックグラウンドも違う優秀な学生と一緒に研究しています。各人が本気となりチーム一丸となって研究している今の環境が楽しくて仕方ありません。

砂山

富士電機は、発電プラントや電車のドア開閉装置、電気自動車のパワー半導体などを主軸とする会社です。私が所属する食品流通部門は、よく街で見かける自動販売機や、ファミレスで見るジュースマシン、スーパーやコンビニのショーケースなどを手掛ける部署で、私はセブン-イレブンの営業と企画担当を兼任しております。10年ほど前にセブン-イレブンの「セブンカフェ」の機器テスト段階から全国展開まで担当しましたが、「セブンカフェ」は国内だけでなく、韓国のセブン-イレブンにも導入されています。現在は「コンビニで、できたてスムージーが300円で買える」を宣伝文句にスムージーマシンの普及拡大を図っています。

現場の声を商品に生かし「セブンカフェ」が誕生
現在のお仕事の概況をうかがいましたが、仕事を進める上で心掛けている点を教えて下さい。

宮本

技術的なトラブルに対処する際、その場しのぎの対応ではなく、本当の原因を解決するために「理論的には本来こうあるべき」というものを持っておくということを心掛けていました。これは人間関係でも同じで、日本人は外国人に考えを押し切られやすいところがありますが、そこを打破する意味でも、自分の中に「あるべき姿」を描くことが大事と思っています。
毎週違う国でのレースは、時差の影響を受け、体力的にはかなり消耗しますが、モータースポーツは、自分の行ったことが、すぐ結果に出ます。通常の仕事なら結果が出るまで数年以上かかりますが、投入したアイテムや新しい技術の結果は、1 ~2週間でわかります。結果がすぐ出るという点が自分のモチベーションを高く保てた理由だと思います。

日本の市場はほとんどが「レッドオーシャン」と言われますが、1つのアイデアを盛り込むだけで「ブルーオーシャン」に変えられる面白い市場でもあります。「いい商品が売れるのではなく、売れた商品がいい商品」という考え方の下、自分のこだわりだけでなく「消費者の不満は必ずある」と、アンテナを張り巡らせ、新たなアイデアを投入するように心掛けています。また、周りの方々から出るアイデアは、絶対に否定しないようにしています。どこにコロンブスの卵があるか分かりません。「出来るわけないアイデア」と思われたものが、大ヒットになるケースもあります。当社はアイデアを大切にする会社なので、私もみんなのアイデアを引きだし、具現化してあげることが今の役割と考えています。

水谷

新型コロナの影響で、留学生がこの2 年ぐらい入国できず、今年の初めからようやく対面での研究が始まりました。その中で心掛けている点は2 つあります。
1つ目は、まず学生の興味を引き出し、退屈させないようにすることです。興味のない仕事や研究テーマを与えても、自発的な行動にはつながりません。
2つ目は、次世代の人たちにとって自分の経験はすでに古くなっていないか常に気にすることです。例えば、昔は何百行も必要だったプログラムコードが、現在はわずか数行で済むこともあります。自分が苦労したからと自分がやってきたのと同じ「昔の方法」を強いるのでなく、最先端ツールで合理的に進められるところは徹底的に合理化してもらっています。

砂山

コンビニの機器は、パートやアルバイト、外国の方などが操作をしますので、導入当初プロ向けであった機器の仕様を大幅に変更する必要がありました。また、コンビニ商品は開発スピードが求められるため、ユーザーの質問に即答できる知識を身に付ける必要もあります。店舗オーナーやその奥さんと仲よくなって意見をいただき、現場の人が操作しやすい機器に改良していくということもしました。そういった苦労が「セブンカフェ」の舞台裏にはあり、ヒットにつながったと思います。今はさらに現場ニーズを捉えつつ機械のマイナーチェンジを続け「おいしいものを常に出す」「扱いやすいものをつくる」を常に心掛けています。

ナノエアーマスク(アイリスオーヤマ株式会社提供)

HONDA F1 チーム ⒸHONDA

人工関節の卒業研究で実際の手術現場に立ち会う
高専の学生生活の中で思い出に残ることがあれば教えて下さい。

砂山

下宿生活だったせいか交流範囲がかなり広がりました。同じ高専の学生でも5歳上だと随分大人の印象だったことを覚えています。
勉強面では、電子工学科で基礎を叩き込まれました。これは就職してからとても役立っているので高専を選択してよかったと思っています。

水谷

特に記憶が残るのは、先生方の印象ですね。先生方は学者・研究者ですから、こちらの質問に対して、信じられないくらい深い回答をしてくれるのです。難しい数学の問題を先生に聞いたときには、翌日、数式で真っ黒になった紙を見せてくださいました。教員としての義務からではなく、「面白い問題があるから解く」という学者・研究者の態度を見せていただき、そうした先生方に囲まれて育ったのは、すごく良かったと思います。

すごく濃い5年間でしたが、中でも特に思い出に残ることは、高専祭の実行委員会の委員をしたことですね。イベントでは、限られた予算の中で周りの学生や地域の方々をいかにキャンパスに来てもらうか知恵を出し合い、タレントを呼んだり、展示したフェラーリを客寄せに最大限利用したりしました。先生方は、企画から予算管理まですべてまかせてくれたので、チームで責任をもって黒字化する面白さに気づきました。研究バカの自分が経営にも興味を持った出来事と思っています。

宮本

使える技術という点では、手を動かして学ぶ高専の方が大学よりも強いと思います。現在は日本でも、子供の頃からプログラミングを学ぶ時代になりましたが、当時から高専の先生方はメカトロニクスやプログラミングを用いた自主製作のカリキュラムを積極的に盛り込んでくださっていました。また、膝の人工関節に関する卒業研究の際には、実際の手術に立ち会い自作のセンサーで患部の計測を行なったのですが、その時は「学生にここまでさせてくれるのか」と驚きました。貴重な体験だったと思っています。

儲けるだけでなく「社会貢献」も大事
先ほど仕事の概況をうかがいましたが、今後の事業や研究の上での抱負や夢を教えて下さい。

砂山

コンビニのセルフレジ化や無人店舗化については、当社の食品流通部門の強みである自動販売機の要素技術が活用できると思います。また、新しい人や機械との出会い、向上心が満たされること、それに社内外を問わず常に人とのコミュニケーションを取っていきたいと考えています。
それから直近の課題ですが、多くの電機メーカーで30歳代の社員が少なくなっていますから20 歳代の育成をサポートしていきたいと思います。

水谷

文明化されて以来、優秀な人たちが多くを考え変革してきた上に、さらにイノベーションを起こすのは難しいことです。それを分かった上で、それでも今後数年間でイノベーションを起こしたいと思っています。
例えば道路であれば、車載型の地中レーダーによって地中内部を計測するハードウェア技術は完成しつつありますが、収集した大量のデータから橋梁内部の損傷や埋設管・空洞などを全自動で探知できるソフトウェア技術はまだ確立されていません。この技術を確立し構造物内部の見えないものを見えるようにし、さらには車で走りながらリアルタイムで地下の三次元地図を構築する技術をこの先数年間で実現したいと思っています。

自分たちが儲けるだけでなく社会貢献にもなる、つまりみんなが「Win-Win」になることが大事だとマスク製造・販売の際に思いました。特に若い人たちは社会貢献への意識が強く、単に「給料が欲しい」、「出世したい」というよりも「社会の役に立ちたい」という意識が強いので、そういう人たちと一緒に楽しんで仕事ができるようにしたいと思います。ヒット商品をつくりつつ、社会貢献にもなるこれからの新商品を事業展開していきたいと思います。

宮本

F1 というニッチなフィールドの経験だけしかしていない、という思いがありました。そこで現在は、医療業界の経営や管理といった全く異なるキャリアに就いています。もし今後、技術の仕事に戻ることがあれば、垣根を設けずに、いろいろなフィールドにチャレンジしていきたいと思っています。

水谷司准教授による内閣府特命担当大臣(第4次安倍改造内閣)への最先端研究の説明(2019年2月)(東京大学提供)

高専は「専門家」の養成を
次に高専教育などへの要望を伺いたいと思います。

宮本

実際に自分が世界中を回った中で感じたことは、英語の能力についてです。高専によって違うとも思いますが、語学教育を強化してもらえればと感じました。技術と能力と、それを生かす語学力が備われば高専生が活躍できるフィールドがさらに広がると思います。

私も語学力についてです。企業での高専卒業者への評価は、技術力・即戦力などに高い評価がありますが、一般教養はやや弱い面があるように思います。私も国語や社会などは避けてきたので、社会人になってから勉強し直しました。もう少し一般教養、特に歴史についてはもっと深く学ぶ動機付けがあるといいと思います。

水谷

これはなかなか難しいかもしれませんが、私は入学してくる学生の意識改革をする必要があると思います。高専に入学する人は「専門知識を学ぶ」と無意識に思っているのではないでしょうか。しかし、それだけでは「マニア」です。専門知識に加え若いうちに一般教養を学んでこそ「高専で学ぶことの意味である」という意識改革が重要と思います。マニアと専門家の違いとは、マニアはその軸でしか物事を考えられない面が強いわけですが、専門家は体系的に理解しているところが違う点だと思います。高度経済成長期は即戦力となるエンジニアを養成するために必要な直接的な知識以外は二の次になっていたと思います。ただ、日本はすでに成熟社会ですから、優先順位なくもうすべての知識が最重要といえると思います。これからの学生には新しい時代に順応できるように幅広い知識をもつことの重要さに気付いてもらうことがすごく大切なのではないかと思っています。

高専生は基礎をしっかり学び、応用力も備えていると思います。会社にとっては理系の大卒よりも評価が高いところがありますので、そこは今後もキープして欲しいと思います。
私の時代は企業訪問や企業の方から直接話を聞く機会が少なかったのですが、高専生が企業訪問をする機会が増えると、視野がもっと広がると思います。

専門知識を入り口に横断的・俯瞰的な目も
最後になりますが、高専生へのメッセージや応援の言葉を、宮本さんからお願いいたします。

宮本

エンジニアとして活躍しようと思ったら基礎の知識が必要です。大学でも学びますが、高専の良い点はものをつくるプロセスを学び、その技術を生かすところも教えてくれる点だと思います。高専生は、低学年のときから自由に使える時間が多いので、もっと自分の好きなことを学び、自分のやりたいことをどんどん伸ばしてもらえればと思います。

一択で受けた旧帝大の大学編入に失敗したときは、人生終わったとどん底まで思い落ち込みましたが、運よく学歴ではなく実力で評価してくれる企業に出会うことが出来、今があります。企業名や学歴にこだわるよりも「自分が何になりたいのか」という自分の将来のビジョンを学生のうちに見つけて、社会に出て欲しいと思います。

水谷

特定の専門知識だけで生きていくのは難しい時代になりました。高専で学ぶ専門知識は、長い人生における様々な学びの入り口に過ぎません。一般教養はその後の長い学びの中で、知識を横断的・俯瞰的に見る際に役立ちます。先生を信じてぜひ、一般教養を身に付けて下さい。
それから環境面で恵まれず苦学している人もいると思いますが、苦学生は苦労した分人生で外してはいけない「ここぞというタイミング」を感じ取る勘の鋭さやその瞬間に発揮できる底力があると思っています。それは独自の強みですので、決して諦めずに頑張って欲しいと思います。

砂山

岸さんとは逆になるかもしれませんが、私は就職氷河期だったという背景もあって、「何かをやりたい」というよりは「就職したい」という理由で進学しました。特に目的がないのであれば、高専を卒業して企業に勤務してから考えるのもいいと思います。大きな目的がなかったとしても社会に出ると、高専で学んだ基礎技術が必ず役立ってきますので、自信を持って何事にも取り組んで欲しいと思います。

(敬称略)

  • 岸 美加子

    きし みかこ
    八戸工業高等専門学校(工業化学科)1993年度卒。化学関連企業を経て2001年にアイリスオーヤマ入社。マスクを大ヒットさせ、同社を国内最大級のマスクメーカーに躍進させる。
  • 砂山 恵子

    すなやま けいこ 
    釧路工業高等専門学校(電子工学科)2000年度卒、富士電機入社。セブン-イレブンの「セブンカフェ」の生みの親的存在。「本物のおいしさ」追求で大ヒット商品に成長させる。
  • 水谷 司

    みずたに つかさ
    大阪府立大学工業高等専門学校(建設工学科)2003年度卒。東京大学工学部都市工学科首席卒業。博士号を短縮取得。文部科学大臣表彰若手科学者賞など多数受賞。東大卓越研究員。
  • 宮本 晃成

    みやもと あきなり
    徳山工業高等専門学校(機械電気工学科)2009年度卒。HONDA「F1」チームのパワーユニット・トラックサイド・エンジニア。「1000分の1秒」を競うレースで世界各国を転戦。